月下の孤獣 〜その後

     “器用なんだか不器用なんだか” 

 


     4



湾外という位置だし、何より時間も時間で周囲には明かりもないやや沖合の海上にて。
何やら物々しい、されど作業着じゃあないので微妙にバランスの悪い男らが多数乗り込んで
ソナーのモニターを睨みつけたり引き揚げ作業の準備をしたり、
慣れぬ作業に当たっていた ようよう使い込まれた漁船と向かい合い。
こちらは “年忘れのナイトクルージングです”と言って十分通りそうな、
行楽用クルーザーにて海上にお出まししていた陣営、これありて。
操船担当は黒服の皆様で、それにしたって給仕係ですで言い通せそうないでたちと機敏さであり、
こんな時間帯にサングラスですがそういう決まり事のある職場です、何か?で押し通す所存。
そんな皆々様の代表ですとばかりに
危なげなく甲板に立っていた3人の少年少女たちは、さすがに怪しい黒ずくめではなく、
それぞれが個性的でなかなかの見栄え揃いだったりし。
一人は潮風除けにかダウン仕様 詰襟タイプのの長外套を羽織っており、
襟元や手許はファーで縁どられていてちょっとかわいい。
着ている存在もなかなかに愛らしく、
周囲の夜闇に冴えて映える色白の頬は骨張っても無くてのすべらかで、
宝石のように透いた色合いの双眸といい、表情豊かな口許といい、
いかにも十代の少年、いやさ少女と言っても通りそうな柔和な風貌。
白銀の髪が潮風に撫でられてさらさらと揺れているのが相俟って、
アイドルの超極秘な写真撮影と言っても通るかもしれぬ。(おいおい)
唯一の少女はこれもまた赤い地の和装姿というから
ただの舟遊びや、ましてや夜釣りに来たとは到底思えず、
つややかな黒髪を左右に分けて結い結び、手甲をはいた小さな手に短刀を構えているのも、
2.5次元コスプレなのかな?と思わせるよな、物騒どころか可憐で儚い様相で。
結構こわもての男衆らと同坐しているというに、
何よりこんな異様な場にあっても怯みもしないまま凛とした表情でいて只者ではなさそう。
そんな彼らとやや距離というか方向を置いて構えし最後の一人は、
彼らよりちょっぴりお兄さんらしかったが、
痩躯に大きめの砂色のトレンチコートを羽織っているのが着られている感満載で、
両頬に添わせて伸ばした髪の先だけ白く抜けているのが個性的な
撫でつけぬままのざんばらな髪形といい、
こちらもやはりするんと骨ばらぬ頬に細っこくも肉薄い手首や首周りと来て、
あとの二人と同世代の学生の域を出ぬ存在にしか見えぬ。
顔立ちも、表情こそやや鋭角的ではあるものの
黒々とした双眸に線の細い小鼻、きゅうと引き締まった口許に か細い顎の線と揃えば、
とてもじゃあないが…ちょっと老けた半グレだか反社だかの集団と相対してる現状さえ
何かの間違いじゃアなかろうかと思われても無理はなさそうで。
ただ、

 『貴様、ポートマフィアの白い虎だな。』
 『おや、そっちの異能者は武装探偵社の御仁じゃあないのか?』

一応はそっちの世界でも名を馳せてたようだし、
何よりも自分たちからわざわざ姿を現したという順番だったのでなので、
迷子です すいませんと引き下がるつもりじゃあないらしかったが。

「しませんて、そんなこと。」

ははは、すまんの。
場外との掛け合い込みでの状況説明はともかくとして。
夜更けの湾外、哨戒の区域外となろう やや沖合にて睨み合う格好の2隻の船であり、
物々しいのは同じだが、片やは何かしらを隠密裏に海中にて探索していた連中で、
もう片やはそれと知った上で首根っこ捕まえに来た
ヨコハマ裏社会の雄、ポートマフィアの陣営と思われる。



     ◇◇


実はヨコハマの某所で朝っぱらから起こった氷結騒ぎの大元へ、
別な方向から関わっていたらしいのが、白虎の少年が籍を置くポートマフィアだった。
といっても、彼らが何かしらやらかしたとか直接因縁をつけられて報復を構えてたとかいう代物ではなく、
どこか外つ国の政権がらみの依頼だとか。
フロント企業を通じて直接コンタクトを取って来たのは何とかいう商社だが、
日之本の政府筋…の関係者からの委任状付きというから穿っていて。

『周囲の水ごと凍らせることで、目的のブツを浮かせて接収しようって企みらしくてな。』

何かしら後ろ暗いものを輸送してきた船舶があり。
それが時化にあったか操舵ミスか、ゴールだったヨコハマ沿岸のとある海域で座礁沈没。
さして大きな躯じゃあなかったがちょいと訳ありな船だったので、
堂々と公的な機関に申告してという格好での捜索の手配は出来ぬ。
受け入れ態勢は整えてあったが肝心な船がそれではと、
自力更生の策を講じるべく水面下ですったもんだしたのを何者かに嗅ぎ取られ、
何をどう解釈したものか美味しい話と食いついた馬鹿がいた。
…というのが、事実をマフィアらの側から順を追って並べたお話。
そう、偉そうにポートマフィアに啖呵切ってるお歴々だが、
キャリアこそ長そうなれど大した取引もこなしちゃあいない陣営で。
何を積んだ船だかも知らず、ただ、
結構大物らが右往左往している気配に誘われて食いついたお馬鹿たちなわけで。

 そう、市中近辺の界隈で起きている凍結断水騒ぎは、
 大元の沈没船を引き上げるにあたって人目を逸らさんという陽動だったらしくって。

たまたま自在に水を凍らせる異能を操れる人物が身内にいたがための策を思いついた
中途半端に頭が回る者がいたらしく。
氷の揚力を使えば仰々しいサルベージの支度なんて要らないんじゃないか、
試しに沈めた乗用車を海面まで浮かせられたぞと、そんな程度で上の筋へと話を通したらしく。
氷だからって何でもかんでも浮き上がるわけじゃあない
比重が重ければやはりそれなりの代物なままなので、
水面近くまでは浮かせられても陸へと引き揚げるのは大変な話なのだろうが、
それでも水深何百mもの水底よりは浮かんでも来よう。
本格的なサルベージの準備が不要なら、そこから移動さえさせられれば御の字と
上も上で簡単に構えたようであり。

 “中也みたいな級の重力操作が出来りゃあそんな手間も要らなかったろうにね。”

そもそも移送船が沈没という下手も踏んでなかろうなぁと、
最初から関係者だったなら最初のつまづきさえ起きてはなかっただろう頼もしきヨコハマのマフィアへ
今頃泣きついたらしい実力者様がいて。
相手のあること、そっちの面子を立ててやらんといかんらしい政府関係者経由で持って来られた話だそうで。
本当はもうちょっとほとぼりが冷めてから何かしらの工事を装い、足場を組んで引き上げるつもりだったらしいのが、

 『ハイエナのごとくに沈没船をブツごとかっ浚いたい手合いがいるようでな。』

その相手が目くらましにと起こしたのが今日本日早朝からの上水場や運河水路の凍結騒動。
サンプルとして提供された不可思議な氷を見て、ここ最近の怪しい事件をざっと頭の中で浚い、
なぁんだとあっさり全貌をひも解いてしまわれた名探偵様は、
自分でなくたって“異能かかわりでは?”と思うよな、いかにも脆弱な仕立てだったことから、
相手が何かしら取り急ぎの仕事に掛からんとしているようだとも察し、
この地で異能者といえば…な品揃えを誇り、フロント企業もたんと抱えていて規模も大きい組織ゆえ、
恐らくは別方向から何かしらヘルプを請われているポートマフィアさんたちではなかろうかと目星をつけ。
それがほぼ大当たりだったのを、芥川経由でリモートでの面会と相成った白虎の少年に確認を取り、
表沙汰にしたくはない筋が絡んでいるなら尚のこと、そっちを流用させればいいと構えたところまでがお流石で。

 『大事にしたくないなら尚更、非公式な参加という格好、
  一応市中の混乱の大元なんだ、見届け人を立てさせてほしいって要請をしたいんだけど?』

サルベージという大仕事は、だがだが、頼もしき“重力操作の異能持ちさん”が当たるらしいので、特に問題はなかろう。
こちらは直接手を付けている案件関わり、コトの見届け役に虎の少年と懇意の芥川を派遣すればいい。
探偵社の陣営は あくまでも気がついてませんという態で、凍った水路を融解する作業にあたることとしたようで。
敵さんは水路の凍結をある程度完了させれば、そっちが本来の目的であろう沈没船へ向かうんだろうから、
そこを取っ捕まえて、ポートマフィアが何らかのお裁きをつければよし。
こちらは芥川が見聞きしてきた交渉や何やの全容を異能特務課へ伝え、
市中の騒動の顛末、どう料理するかは“彼ら”に任せる所存だそうで。

 サンプルをチラ見しただけでとんでもない事態の裏書を見抜いたうえ、
 どう捌くのが効率的か面倒がないかまで組み立ててしまった、
 相変わらずの慧眼を発揮した名探偵さんだったのだけれども……。



     ◇◇


乱歩さんが見越したように、
泣きついて来た上つ方への融通を約した御仁へという、
ちょみッとややこしい経由の義理立てがあるらしいポートマフィアだが、
だからと言ってこんな、結構グローバルな背景も理解しないままなしょむない連中から
手も足も出なかろうと罵倒されるのも業腹だ。
結構浮いて来ているブツを暗い海面越しに見下ろしつつ、
融雪剤でも投下しますか? それか、焼夷弾ぶち込むましょうか、と
すぐにでも準備が出来るのだろう、黒服がそんな見解を出したものの、

「馬鹿め、煮たくらいじゃあ解けない異能氷だ。」
「う…そういう言い方は止してよね。」

実物を前に乱歩がそう言っていたぞと、
マフィアの陣営のご意見を切って捨てた芥川へ、白虎の少年が自分がくさされたように言い返し、

「羅生門で引き上げて刻んでしまうとか。」
「相変わらずの体力勝負だねぇ。」

それよりは名案だと言わんばかりに提示されたご意見へ、
きっちりと言い返している辺りは、譲れない強腰で通すところが容赦ない。

 “船での移送ということになった段であれこれ防水してあるかもだけど。”

そう、政治関係の筋が中途で一枚噛んでいるのは、
この実行犯らは詳細までは知らないのだろうが、
重々しい荷の中に紛れさせ、結構重篤な書類や何やが同包されているらしいからだというところ。
悲鳴付きで助けを求めてきたとある外つ国の重鎮によれば、
それが日の目を見、衆目の下に明かされては困りものな証言や何やをまとめたファイルだそうで。
ひと世代ほど前の大統領陣営が
何とはなくの匂わせの段階で封じ切った “収賄”だか “思想家弾圧”だかの騒動の顛末を綴ったもの。
当時の関係者の誰ぞが口をつぐむ交換条件への補償に隠し持っていたらしく、
そんな微妙でややこしいものが暴かれた日にゃあ、
現行の閣僚たちにも何らかの関わりがあるのでは?という疑いが飛び、
権力者陣営が打撃をこうむって議会の重責がこぞって排斥なんて運びになったら
クーデターか、そこまで行かずとも
政務も行政執行公務も途絶される規模の大混乱となりかねぬ。

 “いっそどっか遠くに隠匿しとこうと扱ったら
  こんな事態になってしまったという順番なんだろうなぁ。”

日之本みたいなぬるま湯政権じゃあ風邪ひくとばかりに
一般市民の知識層がアグレッシブルなお国らしいからねぇと、
誰かさんからの教育の賜物でそういうところへの見識も一応は持ってる敦が胸のうちでそっと嘆息。
封印なんてするからいかんのよ。いっそ破棄しちゃえばよかったのに。
破棄なんて責任が大きすぎて
そこをあとあと糾弾されるのが怖いと誰も請け負いたがらなかったのでしょうかね。

「大体、キミの膂力で引き上げられると思うのかい?」

そこいらの詳細は知らない羅生門の奏者殿なのかもだなと見越した敦くん、
探偵社からの、つまりは政府筋への報告の必要もあろうからと立会人として同座させている黒獣の異能者さんに、
乱暴な手を断った理由としてそうと付け足せば、

「何だと人虎、馬鹿にするか。」

そも、共闘になったのを飲んだのだろうが、意見して何が悪いと、
一気に眉をしかめて言い返してくる芥川に、
あ、やっぱり怒ったかと、感じはしたが特に焦りはない。
むしろムキになって可愛いなぁと感じたところが、さすがは反社世界で揉まれて育った虎くんで。
人差し指を立ててチッチッチッと振って見せつつ、

「いや別に、膂力も補える異能みたいだけれど、
 そもそも結構な重量がある船一隻を空中へまで持ち上げるのは無理でしょう。」

腕力膂力云々の次元の話じゃあない。
どんなにパワーのあるクレーンでも設置した地盤がゆるくて倒れたって事故は結構聞く。
触れたものに浮力を付加する種の異能でなし、
このクルーザーごと転覆するのが関の山だよと、物理的に無理だという話だと説いてから、

「それにこっちも、依頼元が希望してるんだろう隠し立てへ
 そこまで協力してやらにゃあならないわけじゃなし。」

むしろ政界の人らしいから、そんなお人が一枚噛んでたとは…って騒ぎになったら
何でもかんでもクーデターの引き金になるほどの世情じゃあないにせよ
政治だ何やの混乱を招いて困ったことになるのは探偵社にしても痛手だろう?
だから立場の強弱においていい勝負なのでは?
さすがはあの太宰の弟子で、結構口も回るところが底冷えレベルでおっかない虎くんで、

 「うう…。」

すらすらと並べられた道理は判るし、
仲がいいのか悪いのか、日頃は屈託なくも気安い口利きを交わせても
この虎の少年、所詮は義理立てする根がじぶんとは異なるのだと気がついて。

 “そんな微妙な案件だから、
  太宰さんではなく やつがれがつなぎを取った方がいいと振られたのだろうか…。”

笠に着て良い話ではないこと、
ムキになってマフィアとの火種は作らぬ方がいい、
言い負かされてもしょうがないと、ただの監視でおれという差配なのかな?と、
項垂れかかった芥川であり。

 「あ…。」

そんな様子に、ありゃりゃと今度は敦が焦る。
貧民街で揉まれ、へこたれない育ちをしたはずの彼だ、
荒事仕事が多いことにも屈しはせずに、むしろその異能を捕縛や何やに生かしてもいると聞く。
ただ、妙に生真面目だし探偵社への義理立てもあろう。
まだ新人のうちから探偵社の看板に泥を塗るような真似だけは…と
それで肩に力が入ることもある身なのかも。
せっかく対等に振る舞える同世代の知己が出来たのに、
こちらもそういう相手は初めてだからついつい匙加減が狂ったかなと、
焦ったように口を開きかかったところへと、

 「こらこら喧嘩しないの。」

何とも唐突なお声が掛かって、

 え?

敦は勿論、項垂れかかってた芥川も、
何なら周囲の黒服さんたちや、やや距離を取って向かい合ってた相手の船の上のお歴々も、
不意を突かれてギョッとする。
誰も想起しなかったし気付きもしなかった存在が、
ポートマフィア側のクルーザーの甲板、少年たちのすぐお隣に立っており。
気配を消すどころじゃあない神出鬼没っぷりで、
黒服の皆様がざっと腰を落としてそれぞれにジャケットの懐へ手を入れ掛かり、
鏡花も思わずの反射的に短刀を構えなおしたものの、

 「……太宰さん?」

いつのまにか現れていたのが、探偵社側の運河方面の現場に行ってたはずの太宰であり、
しかもなぜだか外套やら洋袴やらは ずぶぬれで。
髪や顔はさして濡れてはないので一応乾かしたものか、そんなアンバランスさも何かしらの判じ物のよう。
社会人でありながら、撫でつけもしないもっさりとした蓬髪は、だがだが
もしも女性であったならさぞかし妖冶な美女であったろう彼ほどの瑞々しき顔容へと添えば、
絶妙な陰となって妖しき美貌への蠱惑要素と化すばかり。
サーチライトという極端な照明に照らし出されたお顔は日頃以上に無機的で硬く、
その視線は海上へと向いており。

「要は異能で凍ってるわけなんだから。」
「…え?」「まさか…。」

異能氷は異能への反応もする。
なのでと市中の運河へ出て対処していた探偵社側の作業は
巡視船を出して大きいのへ彼が直に触れては溶かしてゆく地道な作戦だったはずだが、と。
だってのにその対処に不可欠な秘密兵器ご本人が此処にいる矛盾へ、
まさか…といやな予感がした敦が反射的に手を伸ばしたが間に合わず、

「入水のプロをなめなさんな」
「だ、太宰さんっ」

制止の手も届かぬ間合い、シンクロナイズドスイミングのスタートもかくやというなめらかさにて、
ぴょいと地上の延長のようなノリで水上へ踏み出して水へ沈んだ誰か様。

 「…っ、あんの馬鹿が。」

せめて引き揚げてから異能を解けやと、
キャビンの近くにいたまま忌々しげに呟いた誰か様が追うように飛び込んでゆき。

 「え?え?」
 「何だ何だ?」

状況の流れへ追い着けていない顔ぶれがあたふたしかかる夜陰を裂いて、
周囲に環境音として満ちていたさざ波の音を掻き消すような、大波の音が盛り上がるよに沸き起こる。

「さすが、手順はばっちりだね。」
「うっせぇわ。こっち側の堤防の上まで引き揚げっから、それからクソ忌々しい氷を解除しやがれ。」

浮き上がったどころじゃあない水面より高々とせり上がってきた物体をそぉれと、
マフィアの陣営が立ってた側の堤防へ、
触れもせでの扇ぐような所作だけで放り投げた黒ずくめの幹部様なのを見届けてから、
それぞれが捕り物へ向かったり接収物体の確保に走ったり、現場は一気に慌ただしくなったのだった。






to be continued.(22.12.31.〜)


BACK/NEXT


 *何とか事態が動いたかと思ったら、闖入者ありで大混乱でございます。
  このお話の太宰さんは、
  敦くんがしっかり者になってることと織田さんが存命なせいで
  かなり昼行燈っぷりが増してるような気が。(笑)